介護・福祉事業のM&A:株式譲渡の基本合意書で何を決めるか

介護・福祉事業の会社を買う契約の入口になる基本合意書は、交渉を縛る条項と、買収後のリスクを動かす条項が別物です。拘束力、価格の調整、表明保証と補償、経営者保証の解除を、条項ごとに決めます。

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独占交渉は厳しく縛られているのに、デューデリジェンスで問題が見つかっても価格を下げる基準がない――そんな基本合意書は、買収後のリスクを動かせません。

このページの要点

  • 基本合意書は、条項ごとに拘束力の有無を書く(民法521条1項・1条2項)。価格や譲渡の対象、最終契約を結ぶ義務は拘束しないのが通常で、独占交渉や秘密保持は拘束する。
  • 独占交渉は期間・終了の条件・違反の効果を、現状維持は禁止する行為の列挙と通常の業務の範囲内の例外を書く。「大幅」「重大」のような基準のない言葉は定義する。
  • DDの結果は、簿外債務は減額、重大な違反は解除、軽微なものは表明保証と補償、と結び付ける。介護報酬の返還(介護保険法22条3項)、指定の取消し事由(同法77条1項)、前払金の保全(老人福祉法29条9項)を表明保証に入れる。
  • 株式譲渡では会社法21条の競業避止が働かない。指定を受けた法人は変わらないが、変更の届出は必要になり得る。経営者保証の解除は、クロージングの前提条件にし、期限・方法・未達の効果を書く。

結論:基本合意書は、交渉を縛る部分と、買収後のリスクを動かす部分を分けて設計する

有料老人ホームやデイサービスなどの介護・福祉事業を営む会社を買う、あるいは売る場面では、通常、秘密保持契約(NDA)、基本合意書、デューデリジェンス、最終契約、クロージングの順に進みます。基本合意書(LOI、MOUとも呼ばれます。以下「基本合意書」)は、最終契約の前に、取引の大枠と交渉のルールを確認する書面です。デューデリジェンス(DD)は、買主が対象会社の財務、法務、労務、許認可の状況を調べる手続、クロージングは、株式の移転と代金の支払を実行する日です。

事務所は、有料老人ホームなどの福祉事業を営む会社の全株式を取得する側(買主)が相手方から示された株式譲渡の基本合意書について、契約書面の記載を確認し、条項ごとの問題点を整理した報告書を作成しました。また、有料老人ホーム事業の譲渡に先立つ秘密保持契約と基本合意書についても、書面の確認結果を報告しています。株式譲渡の基本合意書についての整理は、「交渉の枠組みとしては機能するが、買収後のリスク管理が設計されていない書面」というものでした。交渉を縛る条項(独占交渉、調査への協力、行為の制限)は具体的に書かれている一方で、取引の実行後に効く条項、つまりリスクの移転(表明保証と補償)、価格とリスクの連動、事業価値の維持(競業避止、キーマン、引継ぎ)が、十分に設計されていなかったのです。

この記事では、基本合意書を中心に、介護・福祉事業の買収で契約書に何を書くかを、条文の例とあわせて整理します。なお、取引の条件の交渉、金融機関との保証の解除の交渉、指定・届出の手続そのものは扱いません。契約書面で決めるのは、それらの結果をどう扱うか、という点です。個別の取引の可否や紛争の見通しの判断も、この記事の対象外です。医療法人の持分の譲渡や共同経営の契約は、経営コンサル・開業支援で紹介しています。

株式譲渡と事業譲渡の違い(介護・福祉事業)

観点

株式譲渡

事業譲渡

何が移るか

会社の株式。資産・債務・契約は会社に残り、簿外の債務も含めて会社ごと引き継ぐ

譲渡の対象に定めた資産・債務・契約。債務は、引き受ける合意(免責的債務引受、民法472条)がなければ移らない

介護保険の指定

指定を受けた法人はそのまま。代表者や管理者などが変わるときは変更の届出(介護保険法75条1項ほか)

指定は事業の譲渡では移らず、譲受人が自ら指定を受ける(介護の事業譲渡)

従業員

雇用主は会社のまま変わらない

雇用契約は当然には移らず、承継するかどうかを決める(民法625条1項)

競業の禁止

会社法21条は適用されないため、契約で定めなければ、法律上の競業の禁止は働かず、売主は同種の事業を始められる

会社法21条1項が原則(同一の市町村と隣接する市町村で20年)。特約は30年まで(同条2項)

個人情報

対象会社が引き続き保有する。DDで見せる範囲に注意する

事業の承継に伴う提供は、第三者に当たらない(個人情報保護法27条5項2号)

基本合意書の拘束力:条項ごとに「ある」「ない」を書く

基本合意書は、最終契約を結ぶ義務を負わせないのが通常です。何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決められるからです(民法521条1項)。しかし、基本合意書のすべての条項が拘束力を持たないわけではありません。独占交渉や秘密保持のように、書面に書かれて合意された以上、守られなければ損害賠償などの責任が生じ得る条項があります。権利の行使と義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならず(民法1条2項)、価格などの主要な条件が固まった段階で一方的に交渉から離脱すると、責任を問われる余地が出てきます。

事務所が確認した基本合意書は、第1条に「基本合意」と「誠実に努力する」という趣旨の定めがありました。「誠実に努力する」という文言は、信義則(民法1条2項)と結び付き、単なる努力義務にとどまらず、交渉の過程での義務違反として責任の根拠になり得ます。そのうえ、独占交渉や行為の制限は厳格に課されているのに、どの条項が拘束力を持ち、どの条項が持たないのかが明示されていませんでした。決裂したときに「どこまで責任があるのか」が分からない契約は、双方にとって不要な法的リスクになります。買主にとってもこの点は他人事ではありません。

条項ごとの拘束力の整理(一般的な基本合意書の例)
条項拘束力書き方の要点
秘密保持あり別にNDAがあるときは、どちらを優先するかを書く
独占交渉あり(期間を限る)期間、対象となる行為、終了の条件、違反したときの効果を書く
調査への協力・現状の維持あり協力の範囲、禁止する行為の列挙、通常の業務の範囲内の例外を書く
費用の負担・準拠法・管轄・存続あり各自の負担とする費用の範囲を書く
譲渡価格・譲渡の対象・日程なし現時点の意向であり、最終契約で確定する、と書く
最終契約を締結する義務なし本合意書は最終契約の締結を義務づけない、と書く
表明保証・補償・競業避止なし(最終契約で定める)ただし主要な方針は、本合意書の段階で確認しておく
条文例 拘束力の切り分け(条文例)
  1. 本合意書の第〇条(秘密保持)、第〇条(独占交渉)、第〇条(調査への協力)、第〇条(費用の負担)、第〇条(準拠法及び管轄)並びに本条は、法的拘束力を有します。
  2. 前項に定めるものを除き、本合意書の定めは、本合意書の締結時点における当事者の意向を確認するものであり、法的拘束力を有しません。
  3. 本合意書は、当事者に対し、最終契約を締結する義務を負わせるものではありません。ただし、当事者は、最終契約の締結に向けて、誠実に協議します。

第3項の「誠実に協議します」に拘束力を持たせるかどうかも、この段階で決めて書きます。決めずに放置すると、信義則を根拠に争われやすくなります。

独占交渉・調査協力・現状維持:書いてあるだけでは動かない

独占交渉の条項は、売主が他の買主候補と交渉することを禁じるもので、買主にとっては交渉の安定を確保する重要な条項です。ところが、事務所が確認した基本合意書では、売主が第三者と接触して情報を提供し、交渉を行ったときの効果が、一切書かれていませんでした。違約金を払うのか、契約を解除できるのか、損害賠償を請求できるのかが不明で、実際に違反されても、具体的な損害を立証するのは難しく、条項の抑止力が大きく下がります。違約金を置くなら、損害賠償の額をあらかじめ予定でき(民法420条1項)、違約金は賠償額の予定と推定されます(同条3項)。期間や終了の条件の定めも欠けていました。買主が積極的に交渉を進めなくても売主が拘束され続ける構造は、一見買主に有利ですが、売主の協力姿勢が下がり、情報の提供が消極的になって、かえって取引の成立の可能性を下げます。

クロージングまでに対象会社の価値が下がらないようにする現状維持の条項にも、同じ問題がありました。「財産状態ならびに損益状況を大幅に変化させない」という文言の「大幅」は、定義がなく、売上が何パーセント下がれば該当するのかが分かりません。売主は、通常の経営判断で人員配置を変えただけで買主から問題視されるかもしれませんし、買主は、売主が価値を下げる行為をしても、事前に止められません。通常の業務の範囲内であれば許されるという例外もありませんでした。

事務所の書類での扱い 相手方から示された基本合意書の条項と、組み方の例

独占交渉

改訂前第三者との協議や情報の提供をしないと定めるだけで、期間も、終了の条件も、違反したときの効果も書かれていない
改訂後合意日から〇日間、第三者との協議、情報の提供及び勧誘を行わない。最終契約の成立、期間の満了、買主による離脱の通知で終了する。違反したときは、違約金(賠償額の予定)の支払、又は買主による解除とする

違反の効果と終了の条件を書かないと、守らせる手段がなく、買主の離脱も不安定になるため

現状の維持

改訂前「財産状態ならびに損益状況を大幅に変化させない」と書かれている
改訂後通常の業務の範囲を超える次の行為は、買主の事前の書面の同意なく行わない。新規の借入、重要な契約の締結と解約、役員報酬や人員の大きな変更、設備投資、訴訟の和解、入居一時金の水準の変更、指定に関する届出。通常の業務の範囲内の行為は妨げない

基準のない「大幅」を、列挙と例外に置き換え、売主の自由と買主の保護を両立させるため

保証債務

改訂前「速やかに消滅」と書かれているだけで、期限も方法も、実現しなかったときの効果もない
改訂後クロージングの前提条件とし、期限、方法(保証の解除、借換え、弁済のいずれか)、未達のときの効果(クロージングの延期、買主による解除)を定める

クロージングの条件として機能させるため

価格とDD:調査の結果を、減額と解除に結び付ける

デューデリジェンスは、調べること自体が目的ではありません。発見されたリスクを前提に、価格、契約の条件、リスクの分担を調整するための手続です。事務所が確認した基本合意書の第5条は、買主に対象会社を調査する権利を認めるにとどまり、調査で見つかった事実を契約の条件にどう反映するかという後段が、欠けていました。そのため、簿外債務や未払の賃金、行政指導のような問題が見つかっても、売主から「その程度では価格は変えない」と言われれば、それ以上の根拠をもって交渉を進められません。報告書はこの状態を「調査の無力化」と呼び、発見された事実と契約上の対応を結び付けるよう求めました。

DDで見つかった事実と、契約上の対応
見つかった事実契約上の対応条項に書くこと
簿外債務、未払の賃金など、金額を見積もれるもの価格の減額価格調整の条項(減額の対象となる類型、金額の算定方法、減額を求める期限)
指定に関わる重大な問題、重大な法令違反契約の解除、交渉の打切り解除事由の列挙、DDの期間、通知の方法
軽微なもの、将来に顕在化し得るもの表明保証と補償でカバー補償の期間、上限、請求の手続

これらを動かすには、基準になる言葉の定義が必要です。第10条の「重大な瑕疵」は定義がなく、買主は広く、売主は狭く解釈するため、価格の修正や解除をめぐって交渉が止まります。価格修正の方法も書かれておらず、減額の計算方法や、将来の損失をどう見積もるかで必ず対立します。金額の基準(たとえば一定額を超える債務)、類型(指定の取消しの事由、報酬の返還請求、人員基準の違反など)で「重大」を定義し、価格の修正は、計算の方法を最終契約に書く、とあらかじめ決めておきます。

経営者保証の扱いも、買主と売主の間の重要な論点です。会社の借入に、代表者が個人として保証している場合、会社を買主に譲るとき、売主は保証から外れたいと考えます。経営者保証に関するガイドライン研究会が公表した「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」(令和元年12月)は、事業承継の場面で、前経営者と後継者の双方から二重に保証を取ることを原則として避けるなど、金融機関の対応を示しています。保証の解除を、金融機関とどう交渉するかは、当事者や金融機関が行うことで、契約書の役割ではありません。契約書が決めるのは、保証の解除を、クロージングの前提条件にするかどうか、いつまでにどの方法で実現するか、実現しなかったときにクロージングを延期するのか、買主が解除できるのか、という扱いです。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」(第3版、令和6年8月)は、中小企業の事業承継や買収で、基本合意書、DD、最終契約、経営者保証の扱いなど、手順と留意点を整理した公表資料です。契約書の項目を点検するときの参考になります。

介護・福祉事業に固有の表明保証と補償

表明保証とは、売主が、一定の時点で、対象会社の状況について事実を表明し、真実であることを保証するもので、違反があったときに補償(損害の填補)が行われます。表明保証は単独では意味を持たず、違反があったときに、どの期間、どの範囲で、いくらまで補償されるのかがセットで設計されて初めて機能します。事務所が確認した基本合意書にも表明保証の条(第4条)はありましたが、範囲が不十分で、補償の条項と連動していませんでした。福祉事業の買収では、保証してもらうべき事項が決まっています。報告書は、介護事業の指定の有効性、行政処分や監査の履歴、介護報酬の請求の適法性(返還のリスク)、労務のコンプライアンス、個人情報の保護の五つを挙げました。

福祉事業の買収で表明保証に入れる項目(確認先の条文)
項目保証してもらう内容確認する条文など
指定の有効性事業所ごとに有効な指定を受けており、取消しや効力の停止の事由がないこと介護保険法77条1項(指定居宅サービス事業者の場合。サービスの種類により根拠の条は異なる)
人員・運営の基準人員と運営の基準を満たしていること同法77条1項3号・4号
行政の調査・処分の履歴実地指導、監査、報告の求め、行政処分の履歴をすべて開示したこと同法76条(報告等)、23条(文書の提出等)
介護報酬の請求請求に不正や誤りがなく、返還を求められる事由がないこと同法22条3項(偽りその他不正の行為による支払は、返還させるべき額のほか、その100分の40に当たる額を徴収できる)
有料老人ホームの届出・前払金設置の届出を済ませ、前払金について算定の基礎の明示と保全措置を講じていること老人福祉法29条1項・9項・10項
労務未払の賃金、労務に関する紛争がないこと契約上の保証項目として設ける
個人情報入居者・従業員の個人情報を、法令に従って取得し、管理していること個人情報保護法

この表のうち、有料老人ホームの前払金は、福祉事業の買収に特有の項目です。入居者から終身にわたって受領すべき家賃などを前払金として一括して受領する設置者は、前払金の算定の基礎を書面で明示し、返還債務を負うこととなる場合に備えて、保全措置を講じなければなりません(老人福祉法29条9項)。一定の期間内に契約が解除されたり、入居者が死亡したりしたときに、前払金から一定の方法で算定した額を控除して返還する旨の契約も必要です(同条10項)。これらが整っていないと、株式を買った後に、返還債務という形で買主が負担することになります。

契約書は、指定基準に適合しているかどうかを判定する書類ではありません。その適否は、行政が判断することで、契約書は、売主に事実を保証させ、違反があったときの責任を決める道具です。補償の条項には、補償の対象となる損害(返還金、加算金、調査と是正に要する費用など)、期間、上限、少額の請求を除く基準、請求の手続、DDで開示された事項の扱い、代金の一部を一定期間留保するかどうか、といった事項を書きます。

条文例 表明保証と補償(条文例)
  1. 売主は、本契約の締結日及びクロージング日において、次の各号の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証します。(1) 対象会社が、事業所ごとに、有効な介護保険法上の指定を受けており、その取消し又は効力の停止の事由に該当する事実がないこと。(2) 対象会社が、人員、設備及び運営に関する基準を満たしていること。(3) 対象会社が過去〇年間に受けた実地指導、監査、行政処分及び介護報酬の返還請求のすべてを、買主に開示したこと。(4) 介護報酬の請求に不正又は誤りがなく、返還を求められる事由がないこと。(5) 有料老人ホームについて、法令に従った設置の届出をし、入居者から受領した前払金について、法令に従った保全措置を講じていること。
  2. 前項の表明保証に違反があったときは、売主は、買主に生じた損害(返還金、加算金、調査及び是正に要する費用を含みます。)を補償します。
  3. 買主は、クロージング日から〇か月以内に、違反の内容を通知して補償を請求します。売主の補償の責任は、〇〇を上限とします。ただし、売主に故意又は重過失がある場合は、この限りではありません。

期間と上限の数字は、対象会社の規模と、DDで見つかった事項に応じて、最終契約で決めます。

株式譲渡でも残る手続、DDで見せる情報、NDAと事業譲渡の基本合意書の点検

株式譲渡では、指定を受けた法人そのものは変わらないため、事業譲渡のように新たに指定を受け直す必要はありません。ただし、法人の代表者や管理者、運営規程、登記事項などに変更が生じるときは、届出が必要になることがあります。指定居宅サービス事業者は、事業所の名称及び所在地その他厚生労働省令で定める事項に変更があったとき、10日以内に都道府県知事に届け出なければならず(介護保険法75条1項)、指定地域密着型サービス事業者は市町村長に届け出ます(同法78条の5第1項)。省令の定める事項には、たとえば訪問介護の場合、申請者の名称、代表者の氏名、登記事項証明書、事業所の管理者の氏名、運営規程などが含まれます(同法施行規則131条1項、114条1項)。サービスの種類によって列挙は異なります。有料老人ホームの設置者は、届出事項に変更があるとき、変更の日から1か月以内に届け出ます(老人福祉法29条2項)。契約書には、クロージング後の届出を誰が、いつまでに行うか、売主がどのように協力するかを書いておきます。

人員の基準を満たせなくなれば、指定の取消し等の対象になり得ます(介護保険法77条1項3号)。このため、管理者や看護職員、サービス提供責任者などの鍵になる人材が、クロージング後も一定期間、勤務を続けることは、事業の価値を左右します。ただし、雇用契約や就業規則の設計には、基本合意書の段階では踏み込みません。契約書に書けるのは、売主が、鍵になる人材の継続に協力すること、一定期間、引継ぎや顧問として関与することなどです。

DDでは、入居者や従業員の情報を見せる必要が出てくることがあります。個人情報保護委員会の通則編ガイドライン(3-6-3(2))は、合併、分社化、事業譲渡などによる事業の承継に伴って個人データが提供される場合は、提供先は第三者に当たらないとし(個人情報保護法27条5項2号)、承継の契約を締結する前の交渉段階で、相手会社から自社の調査を受けて個人データを提供する場合も、これに該当するとしています。そのうえで、データの利用目的と取扱方法、漏えいなどが発生した場合の措置、交渉が不調になった場合の措置などについて、相手会社に安全管理措置を守らせるために必要な契約を結ぶことを求めています。同ガイドラインが例に挙げているのは、合併、分社化、事業譲渡であり、株式譲渡は例示されていません。株式譲渡では対象会社が個人データを持ち続けるため、氏名を伏せた資料や集計した資料で調査を進めるなど、個人データそのものを渡さない方法を先に検討します。入居者の情報を渡すときの同意の取り方は情報提供の同意書で、プライバシーポリシーの側の書き方はクリニックのプライバシーポリシーで紹介しています。

株式譲渡の前や、事業譲渡の検討では、秘密保持契約と基本合意書が先に結ばれます。事務所が、有料老人ホーム事業の譲渡に関する秘密保持契約と基本合意書を確認した際の点検項目は、次のとおりです。

ヒヤリングで確かめること NDAと事業譲渡の基本合意書

  1. 秘密情報とされる資料は、「秘密」「機密」などの表示があるものに限られていませんか。

    表示のない資料は、契約上は秘密情報として扱われない可能性があります。提供する資料に表示を付けるか、表示を要件にしない書き方にします。

  2. 外部のアドバイザーや調査会社に資料を渡すとき、相手方の承諾が必要になっていませんか。

    再委託の制限は、M&Aでは外部の専門家との共有を妨げることがあります。事前の承諾の取り方を決めておきます。

  3. 損害賠償の上限と、契約の期間はどうなっていますか。

    上限が定められていない場合の責任の重さと、期間が自動更新になる条項の期限を確認します。

  4. 譲渡価格の金額の表記は、桁を含めて正しいですか。

    数字の表記を誤ると、意味が大きく変わります。算用数字と漢数字の併記など、読み違えのない書き方を確かめます。

  5. 「本件事業上発生している一切の負債を引き継ぐ」とありませんか。

    借入金、未払金、未払の賃金、訴訟やクレーム、事故による賠償責任が含まれ得ます。引き継ぐ債務の範囲を、DDの結果に応じて限定します。

  6. 従業員は「従前と同一条件で雇用契約を締結する」とされていますか。

    同意しない従業員の扱いと、引き継ぐ人数、給与水準、勤続年数の情報を事前に確かめます。

  7. 融資が成立することを契約の条件にしていませんか。

    停止条件(民法127条1項)として、融資の申込先、金額、期限、成立しなかったときの費用の負担を定めます。

買収後に効く条項:競業避止・キーマン・引継ぎ

事務所が確認した株式譲渡の基本合意書で、最も大きな課題として整理したのが、買収後の事業価値を維持する規律の欠落でした。競業避止の義務がなく、引継ぎへの協力は「抽象的」だったのです。売主が買収後に同種の事業を近隣で始めれば、入居者や職員が流れ、対象会社の収益の基盤が損なわれます。人と人との関係や地域とのつながりに支えられる福祉事業では、このリスクが現実のものになりやすいといえます。

株式譲渡では、会社法21条が適用されません。同条は「事業を譲渡した会社」の競業を、同一の市町村と隣接する市町村で20年間禁じる規定で、株式を譲渡した株主には及ばないからです。契約に書かなければ、会社法21条のような法律上の競業の禁止は働かず、売主は同種の事業を始められます。契約には、禁じる事業の種類(有料老人ホーム、デイサービスなど)、地域(半径〇キロメートル、〇市など)、期間(〇年)を書き、売主個人だけでなく、売主の関連会社や親族が営む事業も含めるかどうかを決めます。範囲が広すぎると、公序良俗に反して無効になる(民法90条)おそれが出てくるため、事業の実態に見合った合理的な範囲にとどめます。事務所の事業譲渡の書類では、譲渡する側を守るために、競業を3年、半径5キロメートル、実質的に同一の事業の自営に限りました(介護の事業譲渡)。買主の立場では、その逆の視点で、範囲に抜けがないかを点検します。

引継ぎの協力は、期間、内容(利用者や家族、ケアマネジャー、行政との関係の引継ぎ、職員への説明など)、回数、報酬の有無、違反があったときの責任を書きます。期間と内容を書かずに「協力する」とだけ書くと、売主が形式的に関与しただけで、実質的な引継ぎが行われなくても、それを強制できません。

起きがちなこと

よくあるご質問

基本合意書に法的拘束力はありますか。

条項ごとに異なります。独占交渉や秘密保持のように、拘束力を持たせると明記した条項は守る義務が生じます。価格や譲渡の対象、最終契約を結ぶ義務などは、拘束力を持たせないのが通常です。どの条項が拘束力を持つかを明示しないと、交渉が決裂したときに責任の範囲をめぐって争いやすくなります。

株式譲渡では、介護保険の指定はどうなりますか。

指定を受けた法人そのものは変わらないので、事業譲渡のように指定を受け直す必要はありません。ただし、代表者、管理者、運営規程、登記事項などに変更が生じるときは、10日以内の届出が必要になることがあります。有料老人ホームの設置者の届出事項に変更があるときは、1か月以内の届出です。契約書では、届出を誰がいつまでに行うかを決めます。

表明保証の違反があったとき、買主は何を請求できますか。

表明保証の条項と、補償の条項を組み合わせて決めます。補償の対象となる損害(返還金や加算金、調査と是正の費用など)、請求できる期間、上限、請求の手続を書いておかないと、表明保証があっても損害を回収できません。

DDで問題が見つかったら、価格は下げられますか。

契約に調整の仕組みがなければ、売主が応じるかどうかに左右されます。簿外債務のように金額を見積もれるものは減額、重大な法令違反は解除、軽微なものは補償、というように、見つかった事実と契約上の対応を結び付けて、「重大」の基準と計算の方法を書いておきます。

経営者の個人保証は、契約書でどう扱いますか。

金融機関との交渉は当事者や金融機関が行います。契約書では、保証の解除をクロージングの前提条件にするかどうか、期限と方法、実現しなかったときにクロージングを延期するのか、買主が解除できるのか、という扱いを決めます。

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本ページは一般的な情報提供です。医療機関の開設・介護保険の指定などの許認可の手続、診療報酬の請求、労務の手続は扱っていません。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が作成・レビューしてきたクリニックのウェブサイトの利用規約・プライバシーポリシー、訪問看護・自費リハビリ・生活支援の利用契約書、医療機関との業務提携契約書、介護事業の譲渡契約書、歯科医院の契約書などを、個別の事業者が特定できない形に整理したものです。条文は e-Gov法令検索で、医療広告の記述は厚生労働省の医療広告等ガイドライン(令和8年3月30日最終改正)で確認しています(最終確認日:2026年10月21日)。参考: e-Gov法令検索 / 医療法における病院等の広告規制について(厚生労働省) / 個人情報保護委員会

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